『Vシネマの帝王』として知られる俳優・小沢仁志さんの、半自伝となる初の書籍『波乱を愛す』が7月30日に発売なります。タイトルの通り、波瀾万丈の人生や俳優活動から得た教訓も満載された一冊となっています。そんな小沢さんに、書籍のこと、ご自身のこれまでやこれからについてなど、いろいろと伺いました!
「波乱が間違ってるわけじゃなく、うまくいかないから波乱になるんだよな」
──『波乱を愛す』、拝読しました。とても面白かったです。エンタメ感のある前半と、人生の教訓が詰まった後半のバランスが絶妙でした。僕は今年で50歳になるんですけど、自分の周りには人生の道を示してくれる先輩がなかなかいなくて、そういう意味では、特に後半の小沢さんの言葉から60代のリアルが感じられて、学びが多かったです。
小沢 ありがとう。でも、俺はこの本で「60代になったらこうだぞ」ということを示しているつもりはなくて、俺がこれまでどうやって生きてきたかをただ勝手に喋ってるだけで、あとはそれをみんながどう受け止めてくれるかっていうだけなんだよ。しかも、そういう話が活字になるとさ、人生の啓発本みたいに見えちゃうだろ? 実際、原稿チェックで読んだときに「何やら偉そうに言ってるな」って自分でも思ったからな。でも、俺以外の人にとっての正解かはわからないけど、「小沢がやってきたことって俺にとっても正解なのかも」って受け止めてくれたらいい。
──なるほど。
小沢 俺、昔から自伝を読むのが好きで、いろんな人の本を読んできたんだけど……たとえば、俺らの世代だと永ちゃん(矢沢永吉)の『成り上がり』とか。ああいう生き様が頑張る指針になってた。でも、あの本をきっかけに「成り上がり」とか「ハングリー」って言葉が独り歩きしたせいで、「金を持ってない俺はハングリー」とか「俺も成り上がり」みたいに簡単に言うヤツが増えて、それは違うだろって。永ちゃんはそんなこと言ってねえのに。
──それだけインパクトのある言葉でしたからね。
小沢 結局、「どう生きるか」なんて、その人次第なんだよ。いろんな企業の人の伝記、たとえば松下(幸之助)さんの本とか読むじゃん? あれも若い頃に3人で始めた会社が成長していったっていう回顧録だけど、全員が全員、あのとおりにやったら成功するってわけじゃない。ただ、これは俺もよく言うんだけど、「諦めずに前に進む」っていうのは何歳になっても必要なんだよ。俺が50になったときは、それまで自分が50まで生きるなんて思ってなかったから、それまではいろんなものを排除してきた自分が、いろんなことを受け入れるようになったんだよ。余計なプライドは持たないし、「楽しそうだからやる」んじゃなくて「楽しめそうならやる」って感じになった。だから、「これ、つまんなそうだな」と思っても、自分が楽しめる方向に持っていける仕事なら受けるんだよ。そうやって余計なものを切り捨てていくと、シンプルに考えられるようになる。今回の本は、『波乱を愛す』っていうタイトルになったけど、波乱が間違ってるわけじゃなく、うまくいかないから波乱になるんだよな。だから俺は今、若い頃にうまくいかなかったときの利息を取り立ててる感じ。「あの経験があったから今、こうしているんだ」って。
──先ほど、「人生の啓発本みたい」ということをおっしゃっていましたけど、そうなっていないのがこの本のいいところだと思いました。
小沢 そう思ってくれるならありがたいな。
──言いっ放しの発言がないし、読み進めているうちに湧いてくる、「ひとりで生きていて寂しくないのか」とか「孤独死とどう向き合うのか」みたいな疑問に対しても、すべて答えてくれている。しかも、すべての言葉に小沢さんなりの筋が通っているし、「この言葉に従ってみたい」と思えるんですよね。
小沢 俺はもう、生涯孤独でもいいって思ってて、その代償もわかってる。これは全員にとっての正解じゃないけど、結局、それを選ぶのは自分なんだよ。だから、若いヤツから相談を受けるときも、「こうしろ」とは言わない。とりあえず話を聞いて、「で、お前はどうしたい?」って。で、最終的には、パッと考えたときに右だと思ったら右に行けばいいんだよ。それで失敗したって別にいいじゃん、って思うわけ。
──『波乱を愛す』を読んでいて発見だったのは、小沢さんはパブリックイメージ的に感情の赴くがまま一直線に突き進んでいる印象があったんですけど、実際はご自身のことを俯瞰していて、しっかり冷静に見ているところで。これは元々の性格なんですか?
小沢 いや、若い頃は突っ走るところもあったかもね。自分の思ったことは全部言うし、そんなに仕事ももらえてなかったけど、「将来、俺はこうなる」みたいなことも言いまくってた。上の人たちからは「お前は世の中がわかってねえな」とか言われてたけど、10年くらい経って俺の言ったとおりになってくると、「お前、すごいな」とか言い出すわけ。でも俺はずっと同じことを言ってきてるし、第三者の意見を聞きすぎて、自分の価値観を周りに決めさせるようなことが嫌なんだ。
──自分自身から目を背けず、真正面から向き合っているからこそ、俯瞰して見られるんですね。
小沢 うん。それがいつからかははっきり覚えてないけど、若い頃はスタントで無茶やってたし、両膝がボロボロでも草野球で盗塁するし、ホームラン目指してトレーニングもしてる。でも、体が「もう無理です」って言ったら、「わかった、今までありがとう。これからはお前を労る」って。それを決めるのは俺だし、そこで何か悪いことが起きても、それは自分のチョイスだから仕方がない。俺が自分でスタントをやるのは、スタントマンに代わりにやらせて、その人に何かがあったら後悔するから。実際にそういうこともあったし。でも、スタントをやるのが俺だったら自分の責任だし、病院のベッドで寝ることになっても「しょうがない」って言える。今の俺のライバルは同い年のトム(・クルーズ)なんだけど、あの人、飛行機から飛行機に飛び移るじゃん? さすがにあれは予算とか練習環境とかいろいろな関係で無理だけど、俺も自分の限界を試したいとはまだ思ってる。
──「自分のケツは自分で拭く」という気持ちが強いんですね。
小沢 うん。てか、普通はそうじゃない?
──でも、人任せにする人も多いですよ。
小沢 俺は、誰かがケツを持ってくれるだろう、なんて思わない。最初から全部丸投げ、みたいになったら終わりだよ。
「俺の人生は本当に緊張の連続だった。リアルな修羅場が、俺の所作や雰囲気に出てるんだよ」
──『波乱を愛す』の中でも読書の話が多く登場しますが、本から学んだことは大きいですか?
小沢 「学ぶ」っていうより、小説は物書きの役に立つよね。でも、俺にとっては自伝がより面白い。最初に読んだのがチャップリンで、そこからヒットラー、『成り上がり』、オードリー・ヘップバーン、ジェームズ・ディーン、マーロン・ブランドとかけっこう読んだよ。トップスターがどういう人生を歩んできたのか知るのが面白くて。特に、ジェームズ・ディーンの自伝でずっと覚えてる一文があって、「奴らの戯言に耳を貸すな。そして己が何者かを思い出せ」なんだけど、これが俺の基本。第三者の意見はどうでもいいし、俺が俺であるためにどうするかが一番大事。これは20代の頃に読んで刺さったな。自分が順調なときは「調子に乗んなよ」って自分に向かって言う。周りに踊らされて自分の靴紐がほどけてることすら気づかないで転がり落ちていった人間をこれまで山ほど見てきたし、周りが俺のことをボロクソに言ってるときは「そうやって注目されるだけマシ。ここからが見返すチャンスだ」と思う。よく「光が差す」とかいうけど、それは暗闇だからこそ光るんだよ。ドピーカンの真っ昼間に懐中電灯なんかつけても光なんて見えないだろ? だから、暗闇の時代のほうがチャンスがあるんだよ。ちょっとの明かりでも目立つから。
──今なんてまさにそうですよね。
小沢 俺はこれまで、「これがチャンスだ」とか「業界変えてやる」みたいなことを思っていろいろとやってきたけど、なかなか変わるもんじゃない。でも、若いヤツらはもっと勝負かけていったほうがいいと思う。周りから否定されても、志があるなら続けるべきなんだよ。昔、『SCORE』(1996年公開のアクション映画。小沢仁志は主演とプロデューサーを務めた)を撮った何年か後に、「ロスで『SCORE』みたいな作品を撮りましょう」って誘われたけど、断った。「歯車のひとつとして参加してくれませんかっていうのなら全然いいよって答えるけど、なんでまだ俺が撮るんだよ。お前らがやれよ」って。お前らがやるなら俺は歯車の一つとして身を粉にしてやるよって。
──その考え方、ハッとさせられます。死ぬまで前に立っていたいのではなく、いつかは駒になることを受け入れるっていう。
小沢 そもそも、役者はみんな駒、歯車なんだよ。どんな主役だって歯車のひとつ。大小の歯車が全部が噛み合って映像が回る。映画は監督のもので、監督はフルオーケストラの指揮者みたいなもん。オーケストラはトランペット1本じゃ成り立たないだろ? 束になってお客さんに勝負をかける。そこで賛否両論をもらうわけだ。だから、自分が前に出たいっていう気持ちは昔からあまりないかもしれない。『SCORE』だって俺が前に出てたわけじゃないし。本にも書いたけど、俺はスターじゃなくてアクターになりたいんだよ。若い頃、評論家から「もっと自分のために前面に出て作品を作ればいいのに」って言われたけど、そういう発想はないし、俺は自分にできないことはやらない。俺ができるのは、人を巻き込んでみんな総出で群像劇に挑む。『SCORE』だって、内容がいいか悪いかは置いといて、とにかく熱いだろ? その熱にみんなヤラれたと思うし、それが若さなんだよ。
──おっしゃることは理解できますけど、それでも小沢さんの存在感は歯車や駒どころじゃないですよ。
小沢 それは長年の経験と積み重ねで出るものだよ。勉強して身につくもんじゃないし、難しい。
──どうやったら身につくと思いますか?
小沢 俺にもわからない。でも、先輩たちを見ていて思ったのは、あの人たちはカメラが回るまでは寝てても、「本番!」ってなったらバシッと決める。常に人から見られることで所作も自然と磨かれていくんだと思う。でも、俺はよく「ヤクザ役をやってるから貫禄が出るんですか?」って聞かれるけど、それは違う。俺の場合は、『SCORE』を撮ったときのフィリピンでの経験が大きい。
──その話は本の中でも語られていますよね。
小沢 そう。強盗に襲われたり、役者が目の前で誘拐されて、タクシーで追いかけて人質交換したり、現金3000万を紙袋に入れてブラックマーケットで両替したり、本当に緊張の連続だった。そういうリアルな修羅場が、俺の所作や雰囲気に出てるんだと思うよ。
──映画の外でも修羅場だらけだったと……。演じることだけで身につくものではなく、日々の積み重ねなんですね。
小沢 演じることも楽しいけど、映画の現場って空気感が大事なんだよ。危ない場所で撮ったほうが説得力あるし、都庁の前でマシンガンぶっ放しても「なんかやってんな」って感じだろ? 全部フィクションなんだよ。でも、本当のスラムでバンバン撃ち合ってると「うわ、海外やべえ!」ってなる。リアリティが段違い。だから、危ないことは危ない場所でやる。スタントでもさ、体の真下にナパーム爆弾が7個あって、それを現地のアル中のスタッフがスイッチで制御してるんだけど、手がプルプル震えてんだよ(笑)。だから、「今押すなよ! 間違えんなよ!」って。もし押したら俺、吹っ飛ぶじゃん? あのスリルに比べたら、ギャンブルなんて全然だよ。
──小沢さんのお話を聞いてると、どこまでが映画でどこからがリアルなのか訳わかんなくなります(笑)。
小沢 俺も最近、自分が現実にいるのか非現実にいるのか、よくわかんなくなる。だから、仕事で現実的な役をやるのは無理。飽きちゃう。だから、本当はフィリピンロケに行きたいけど、今はやばい。ドゥテルテ以降の治安が最悪で、日本人は強盗のターゲットになりやすいんだよ。
──今でも刺激を求めているんですね。
小沢 そりゃそうだろ。刺激を求めなくなったら老けるよ。老いは認めるけど、挑戦は諦めない。俺が「できる」って言ってる限りはやる。去年だって、「大谷が頑張ってるんだから、俺も盗塁王を目指そう!」って、草野球43試合で28盗塁した。25歳のときよりいい記録だよ。小さい世界だけど、そういうところでも俺はまだ誰かに夢を与えてんだなって思う。
──『波乱を愛す』にもそういう力がありますよ。僕も本当に力をもらいましたから。インタビューだからいいことを言ってるんじゃなくて、今後の人生の指針になりました。
小沢 いいね。自分と戦って諦めずにやり続ければ、いつか「やったな」って自分に向かって言える日が来る。俺は、そういうときは一人で自分に乾杯してるよ。
──それ、真似させてもらいます。
小沢 いいよ。好きな音楽を流して、自分に乾杯する。最高だよ。「お前、やったな。さて、次は何する?」ってワクワクするし、人生は楽しいよ。
撮影 長谷英史
『波乱を愛す』
2025年7月30日発売
税込定価:1,960円(本体1,800円+税)
発行:株式会社KADOKAWA
ライター
阿刀“DA”大志
1975年東京都生まれ。学生時代、アメリカ留学中にHi-STANDARDのメンバーと出会ったことが縁で1999年にPIZZA OF DEATH RECORDSに入社。現在は、フリーランスとしてBRAHMAN/OAU/the LOW-ATUSのPRや音楽ライターなど雑多に活動中。Twitter:@DA_chang